さくらんぼ通信

2021.08.18
住職のミニ法話

お彼岸号

お彼岸を迎える心潮の干ると満つと、月の出ずと入ると、夏と秋と、

冬と春との境は必ず相違する事あり。凡夫の仏になる またかくの如し。               (宗祖日蓮大聖人御聖訓)

 

 お彼岸は「倒彼岸」のことです。煩悩に苦しむ「此岸」と、煩悩執着から離れた悟りの境地「彼岸」に至には六波羅蜜(六度)すなわち布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の六種の菩薩の修行が求められます。そこには仏国土と先祖の彼岸と今の此岸が、法華経本門の信仰によって「一仏土」となる時節に是非是非立正寺の本堂で唱題の一時を過ごしてみて下さい。

 日蓮大聖人は「願わくは一切衆生、未だ貪りの心を離れざる者には願わくは貪りの心を離れしめ」「愼の心を離れしめ」「愚痴の心を離れしめ」と、根本煩悩とされる「貧・愼・痴」の三毒を離れしめるよう祈願しなさいと申されています。確かに先祖の供養をする私たちの心が煩悩の炎で焼き尽くされていては、良いお彼岸にはなりません。先に、菩薩の実践徳目としての六波羅蜜の内、最も重要なのは「仏の智慧」=「般若」です。先の五つを修行する事は並大抵のことではありません。そこで、日蓮大聖人は法華経の教えにより、信仰の力で「智慧」を体得する「以信代慧」をご指南されました。すなわち「仏、正しく戒(布施・戒律・忍辱・精進)定(禅定)の二法を制して一向に慧(智慧)の一分に限る」と述べられています。六波羅蜜の修行にとらわれずに、一心に仏の智慧を得ることに勤めなさいということです。さらに『観心本尊抄』には「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我らこの五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う」とあります。「因行・果徳の二法」とは、久遠の御本仏が仏になるために行った《正しい修行》と、その結果得た《お悟りの心》の二つが同時に「南無妙法蓮華経」に包み込まれているのだ、ということです。ですから「南無妙法蓮華経」とお題目をお唱えするとき、私たちの身中に仏様のお覚りの心が自然に目覚めて来るのです。秋の彼岸には「南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経」とお唱えし先祖様と共に彼岸=寂光土へオールを漕いで下さい。

ページ

ご相談も受け付けております

立正寺では、介護・相続・年金・お墓・葬儀・心のケアーなど、専門家によるカウンセリングも行なっております。ひとりで悩まず、ご家族だけで抱え込まず、まずはお気軽にご相談ください。

東京都渋谷区代々木4-23-13